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読書の断片 ~ 遠野物語から

雑感

 

 

読書をしていると、忘れられない、心に残る話や場面があるものです。

 

私は大人になってから柳田国男遠野物語に出会い、いつの間にか繰り返し読むようになりました。

 

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遠野物語は文庫本でほんの70頁ほど。その中に119の話が紹介されています。

一つの話は数行程度で、それぞれが独立している拾遺集です。

とても短いので他の作品と一緒に収録されています。

 

河童や座敷童などがあまりにも有名で、ともすれば妖怪譚や怪異譚と捉えられる向きがあると思いますが、私はそうは思いません。

ほんの数世代前の人々の生活がその生死感や敬虔さとともに淡々と書き表されていて、しみじみと情感をそそられる文学作品だと思うのです。

 

私が折に触れて思い出す話をご紹介します。

 

 

九九 土淵村の助役北川清という人の家は字火石ひいしにあり。代々の山臥やまぶしにて祖父は正福院といい、学者にて著作多く、村のために尽したる人なり。清の弟に福二という人は海岸の田の浜へ婿むこに行きたるが、先年の大海嘯おおつなみに遭いて妻と子とを失い、生き残りたる二人の子とともにもとの屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところにありて行く道もなみの打つなぎさなり。霧のきたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女はまさしく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、遥々はるばる船越ふなこし村の方へ行く崎のほこらあるところまで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛かわいくはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元あしもとを見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦おうらへ行く道の山陰やまかげめぐり見えずなりたり。追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中みちなかに立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しくわずらいたりといえり。

青空文庫より転載しました。 

底本:「遠野物語・山の人生」岩波文庫 岩波書店
   1976(昭和51)年4月16日第1刷発行
   2007(平成19)年10月4日第47刷改版発行
   2010(平成22)年3月5日第50刷発行
入力:Nana ohbe
校正:阿部哲也
2012年12月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

 

 

 

 

 

 

なぜこんなに心ひかれるのか自分でも分かりません。

けれど、ふとした拍子に何度も何度も思い出されるのです。

 

夢なのかうつつなのかと混乱する気持ち。

悲しい思い。

青白い 霧の月夜。

肌寒い朝。

波音の中に立ち尽くす男性。

 

 

 

 

そうか、今 気がつきました。

自分は「余韻」が好きなのかもしれません。

 

いつまでも波音が聞こえるような、とても心に残るお話です。